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「第九を聴く」3 初期の録音…1920年代から30年代初め
管弦楽の録音が始まったのは1909年と言われ、第九は20年代はじめから既に
全曲録音が登場しています。

   ・ワイスマン&ブリュトナー管           1922年
   ・ ザイドラー=ウィンクラー&ベルリン国立歌劇場管 1923年
   ・ コーツ&アルバートホール管           1924年 英語版
   ・ ワインガルトナー&ロンドン響          1926年 英語版
   ・ フリード&ベルリン国立歌劇場管         1928年
   ・ コーツ&ロンドン響               1929年 英語版
   ・ ストコフスキー&フィラデルフィア管       1934年 英語版
   ・ ワインガルトナー&ウィーンフィル        1935年

といったところが初期の録音ですが、オーケストラに4人の独唱と合唱の録音ともなると、当時の録音には限界があり、特にラッパ吹込み(漏斗状の器具で機械的に記録したもの)のはじめ二つの録音は、曲の輪郭が判る程度といった具合だったようです。この中で電気吹込み(マイクを使った録音)以後のフリード、ストコフスキー、ワインガルトナーの再録音を聴いてみました。


・オスカー・フリード(1871〜1941)
  ベルリン国立歌劇場管、ブルーノ・キッテル合唱団
  S:レオナード、A:ゾンネンバーグ、T:トランスキー、Br:グッドマン

ベートーヴェン没後100年の記念の年に、ドイツ・グラモフォンはベートーヴェンの交響曲全集の録音を計画しました。この時第九の録音に起用されたのが、20世紀初めにベルリンを中心に活躍し、マーラーとも関係の深かったオスカー・フリード。
フリードの第九は早いテンポで実に端正にまとめた演奏です。1928年といえばロマンティックな演奏スタイルが主流だった時代で、この演奏の当時の日本での評価は今一つだったようです。しかし実際に聴いてみると、一般的な加筆はありますが、テンポも含めて楽譜に忠実な現在ではごく普通の演奏スタイルです。
独唱と合唱もドイツ語のアクセントも明瞭で、きっちり歌った高水準なもの。当時世界最高といわれたブルーノ・キッテル合唱団はかなり大編成のようで、熱っぽい歌唱を聴かせます。録音も1928年としては立派なものでした。


・ レオポルド・ストコフスキー(1882〜1977)
    フィラデルフィア管、合唱団
    S:ディヴィス、A:カーハート、T:ベッツ、Br:ローウェンタール

ストコフスキーは録音歴の非常に長かった人で、後にロンドン響とのステレオ再録音も残しています。フィラデルフィア管との録音は、明るく楽天的な演奏でした。オケのアンサンブルは実に優秀で、特にオーボエとフルートは傑出しています。
問題は英語版による歌唱で、オー・フロイデ!がオー・ブラーザァー!。これにはかなり違和感を感じます。合唱も独唱もとにかくお祭り気分的な雰囲気で、ストコフスキーの歌い回しもレガートを多用したり、突然テンポを緩めたりと古さを感じさせる大時代的な演奏でした。
ストコフスキーは楽譜にいろいろと手を加える事が多いのですが、当時一般的だった第2楽章の第2主題にホルンを加えてはいるものの、フィナーレ冒頭のトランペットは譜面通りのようです。
今回聴いたのは独ヒストリー社の復刻CDで、これはあまり良質な復刻とは言えず、第2楽章に編集ミスがあり、最初のリピートがおかしな場所で折り返しています。音質も妙なイコライジングと残響付加で不自然な響きでした。


・ フェリックス・ワインガルトナー(1863〜1942)
  ウィーンフィル、ウィーン国立歌劇場合唱団
  S:ヘルツグルーバー、A:アンダイ、T:マイクル、Br:マイール

リストの弟子で、ブラームスにも高く評価されたワインガルトナーの演奏は、美しくも
ノーブルな第九。ベートーヴェンの権威と言われた確信に満ちた説得力のある名演です。
第2楽章のホルンの追加や第4楽章でのトランペットの補筆など、いたる所で自分の確立させた理論をそのまま実践に移しています。
意外だったのは、第4楽章の歓喜のテーマがチェロとベースで歌われる部分で第1ファゴットが対旋律を受け持ちますが、ここでワインガルトナーは第2ファゴットにベースと同じ動きを吹かせています。これはブライトコプフ旧版には欠落していますが、ベートーヴェンの自筆譜には指示されていて、最近の古楽器による演奏やベーレンライター版による演奏ではごく普通のこととして演奏されています。その後のブライトコップフ旧版を用いている指揮者で、この第2ファゴット部分を採用している指揮者はほとんどいませんでした。

テンポの変動は、第1楽章で多少時代を感じさせる部分もありますが、違和感は感じさせません。録音も当時としては極めて優秀、ウィーンフィルの美しい弦楽器の響きや、第2楽章の木管群の完璧とも言えるアンサンブルも忠実に再生します。
当時のウィーン国立歌劇場のベストメンバーを集めたソリストと合唱も見事なもので、
フィナーレの猛烈な加速もバッチリ決まっていました。
これは20世紀初期を代表する第九の歴史的な名盤だと思います。
(2001.06.13)
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