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「第九を聴く」6 戦前派巨匠の時代 ?V ・・フルトヴェングラーその1
ウイルヘルム・フルトヴェングラー(1886〜1954)
20世紀最大の指揮者フルトヴェングラー。死後50年近くを経た現在でも、
新発見のライヴ録音が発掘されると大きなニュースとなる巨大な存在です。
フルトヴェングラーの第九は全てライヴで、現在10種の存在が確認されています。
(断片や映像を除く)。特に1951年戦後初のバイロイト音楽祭の開幕を飾った演奏は未だにこの曲最高の演奏とされています。

  ・ ベルリンフィル、ブルーノ・キッテル合唱団、
    S:ブリーム、A:ヘンゲン、T:アンデルス、Br:ワッケ
    (1942年3月22日または 3月24日か4月19日)

第2時大戦中の録音、ベルリンフィルの重心の低いドイツ的な重厚な響きと刃金のような強固なアンサンブルが魅力の演奏です。フルトヴェングラーの数ある第九の中でもっともテンポが速く、劇的でダイナミックな演奏。
曲全体に漂う悲愴なまでの緊張感はこの時代ならでは、ティンパニの壮絶な響きが
一層の緊張感を煽ります。演奏者も幾分緊張気味で、第3楽章ファンファーレの直前の4番ホルンと第4楽章の後半のソプラノソロに大きなミスがあります。
戦争により多くの団員が欠けていたベルリンフィルですが、フィナーレの終結部の猛烈なアッチェレランドも乱れることなく決まっていて、フリード盤で見事な歌唱を聴かせたブルーノ・キッテル合唱団も充実した出来です。
オーケストレーションの改変は、第2楽章第2主題のホルン追加と、第4楽章の冒頭と二重フーガのトランペットぐらいで、第1楽章の後半部分で一般的におこなわれていたヴァイオリンの1オクターヴ上げもありません、テンポと強弱設定はフルトヴェングラー独自のロマンティックなもので、いわばワーグナーの流れをくむデユオニソス的な演奏の典型。
演奏の完成度としては、私が聴いたフルトヴェングラーの第9の中で最も高い演奏ですが、あまりにも壮絶なために繰り返し何度も聴く気にはならない演奏でした。

戦時中ベルリン放送局に保管されていたフルトヴェングラーの放送録音のオリジナルテープは、終戦直後に旧ソ連が本国に持ち帰ってしまったことにより、収録データに混乱を生じています。
この第9の収録日にも大きな謎があり、HUNTをはじめとした多くのディスコグラフィーや大部分のディスクの録音表示は3月22日または24日におこなわれたブルーノ・キッテル合唱団の創立四〇周年記念コンサートにおける演奏ということになっているのですが、実は4月19日のヒットラー生誕祝賀前夜祭での演奏だという説があります。また、前半は3月22日収録で第4楽章の後半のみ4月19日の演奏であるという説もあります。
実は4月19日の演奏は、第4楽章後半5分ほどの当時のニュース映像が残されていて、ここで4人の独唱者のみが歌う部分でソプラノソロが音を間違え、フルトヴェングラーや楽員たちが「あっ」と驚いている様子がしっかりと映っているのですが、この部分は私の手持ちのLPやCDとぴったり一致しました。したがって、出まわっている録音の多くは第4楽章の後半部分に関する限り4月19日収録と思われます。
どうやらソ連国内で3月22日、4月19日の演奏が同一番号でLP化された混乱が現在にいたるまで尾を引いているようです。
今回私が聴いたのは、国内盤として日本フォノグラムから発売されたLP、と正体不明のドイツ盤LP,そしてAUDIOPHILレーベルのCDです。
音質はCDが最も鮮明、おそらくソ連で製作されたLPをコピーしたと思われる2つのLPは、両盤ともピッチが不安定で音質も劣悪なものでした。


 ・バイロイト祝祭管と合唱団、
  S:シュワルツコップA:ヘンゲン、T:ホップ、Br:エーデルマン
    (1951年7月29日)

戦後初のバイロイト音楽祭のオープニングを飾った記念碑的な録音。第九といえば必ず名前が挙がる名盤です。
テンポを自由に動かしたロマンティックで劇的な演奏で、神秘的な第1楽章の冒頭から、無の状態から作品が創造される瞬間に立ち会うような感動があります。
第1楽章は始めの重々しさは多少抵抗を感じるものの、通常大きな盛り上がりを見せる310小節以後はむしろあっさりと片付け、終結部に向かって次第に加速し、大きなきな盛り上がりを見せるテンポの設計のうまさが光ります。
第2楽章もデモーニッシュで独特の凄味のある演奏です。特に中間部の木管部分の優しい歌わせ方には聴いていてホロリとさせられるものがあり、第3楽章の静かで奥深い表現も比類のないものです。
曲全体のクライマックスの第4楽章は、遥か彼方からほとんど聞こえないほどのピアニシモで始まる歓喜の主題が次第に実体を現わし、大きなうねりをみせながら加速し巨大な姿が出現する部分に鳥肌が立つほどの感動を覚えました。
曲想が変化する前での長い沈黙も実に雄弁。名匠ウイルヘルム・ピッツに率いられたバイロイト祝祭合唱団も気迫十分で、(特にvor Gottの渾身の力を込めたの長いフェルマータ)シュワルツコップをはじめとした当時ドイツの最高の独唱者たちも実に素晴らしい歌唱を聴かせます。終結部の猛烈なアッチェレランドは演奏者の能力の限界を超えてしまうほどで、アンサンブルも崩壊状態ですが、これがスリリングな効果を築いています。
オーケストレーションの変更は基本的に1942年盤と同じですが、二重フーガの後半部分でテインパニに旋律線を叩かせ、壮麗な効果を上げていました。これはバイロイト盤のみに聴くことができる変更です。

今回私が聴いたのは、モノラル録音を電気的にステレオ化したLPと、デジタルリマスターしたマスターテープを用いて製作されたモノラルLPです。
雰囲気では疑似ステレオLPが勝りますが、合唱が幾分奥に引っ込んだ印象です。
元々バイロイト祝祭劇場の柔らかな響きを生かした美しい録音なので、モノラルLP
盤が、クリアで力のある響きでこの名演をベストの状態で楽しむことができました。


(2001.07.10)
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