その7 / 初演者ムラヴィンスキーを聴く(1)
1938年と1954年録音
ここで「アメリカで活躍した指揮者たち」をしばらくお休みをして、いよいよ初演者ムラヴィンスキーの演奏を紹介します。

エフゲニ・ムラヴィンスキー(1906〜1988)は旧ソ連を代表する大指揮者。
ショスタコーヴィッチのよき理解者として数々の初演を行っています。
ロシア物だけではなくベートーヴェンやブルックナーにも独自の境地を切り開き、 いくつかの名演を残しました。1938年から1987年まで実に50年の長きにわたりレニングラードフィルの首席指揮者として君臨し、このオーケストラを世界最高水準に高めています。日本には1973年以来4度訪れました。

ムラヴィンスキーの第5番の演奏は、映像や断片も含めると実に15種類。
オケはすべて手兵レニングラードフィルで、はじめの3つはスタジオ録音、以後は全て演奏会録音です。

   
No. 録音年月日 収録場所
1 1938.3.27〜4.3 レニングラード 世界初録音スタジオ収録
2 1938.暮〜1939.1 レニングラード 光学式録音スタジオ収録
3 1954.4.2 レニングラード スタジオ録音
4 1965.11.24 レニングラード  
5 1966 レニングラード  
6 1966 レニングラード 第4楽章の一部(映像)
7 1967.5.26 プラハ  
8 1973.5.26 東京文化会館  
9 1973.6.29 レニングラード  
10 1973.6 レニングラード リハーサル映像
11 1973 レニングラード リハーサル映像一部
12 1978.6.12 ウィーン  
13 1983.11.19 ミンスク リハーサル映像
14 1983.11.20 ミンスク 映像
15 1984.4.4 レニングラード  

今回はこの中から2:1938年暮れ、3:1954年の2種の演奏を紹介します。

1938年暮れの録音は1999年になって初めて発売されたおそらく放送用の録音で、光学式フィルム(映画のサウンドトラックのようなものか)に記録されたものです。
したがってSP録音にありがちな5分毎にぶつ切りとなっているものではなく、当時としては比較的良好な音質です。
第1楽章は慎重なほどゆっくりとしたテンポで始まり、次第にテンポを煽りクライマックスでは猛烈なスピードアップ。
続く第2楽章ではチューバを強調したユーモラスさも感じさせ、止まりそうなほど遅い不思議な静けさに満ちた第3楽章を経て、遅めに始まる第4楽章は何段にもギアチェンジをしながら次第に加速していき、トランペットソロのあたりで猛スピードの頂点に達し、峠を越えてからは終結部に向かって次第に減速するといった演奏です。
演奏は見事なものですが、オケはまだ後年ほどの精度は獲得してなく随所でアンサンブルの粗雑な箇所もあります。30代のムラヴィンスキーの指揮も幾分粗削り、緩急のコントラストが際立った他のムラヴィンスキーの演奏とは異なった独特のものでした。
ここで気になったのは、第2楽章のハープのグリッサンドがこの演奏では聞こえないということと、第4楽章のトランペットソロ部分はどうも2本で吹いているような気がします。
不鮮明な録音のため、いま一つはっきりしませんがこれは初演時の様子を伝える貴重な録音だと思います。

1954年録音となると、ぐっと落ち着きが増しオケの水準も指揮者と一体となった素晴らしいものとなります。第1楽章における打楽器の絶妙な入りの良さはこの演奏が最高、
第4楽章冒頭とコーダはムラヴィンスキーの録音中最も遅いものです。
以後この演奏は1978年のライヴ録音が出るまでモノラル録音ながらこの曲の模範的な演奏として無視できない存在となり、多くの指揮者に影響を与えることになります。

(2001.2.7)

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