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「展覧会の絵」を聴く3・・・ヴィドロの謎
今回は、ピアノ譜での原典版とコルサコフ版の違いと4曲目「ヴィドロ」について。

リムスキー=コルサコフ校訂版と旧全集原典版を比べてみました。
一見したところ原典版の方が、コルサコフ版よりも強弱記号がより細かく記されて
いて、pとffの落差も大きく荒削りな印象を受けました。
他に臨時記号のつけ方や、最初のプロムナードで原典版が4分の6で記されている
部分の一部が2分の3となっている、といった聴いただけでは区別のつかない
ものもありますが、はっきりと音の異なる部分もあります。
例えば6曲目の「サムエルゴールドベルクとシュミイレ」の終結部分、原典版では
ドレシシですが、コルサコフ版はドレドシとなっています。(ラヴェル編も同じ)、
また終曲の「キエフの大きな門」の中で、最初に聖歌風のコラールが出る部分
(練習番号106)でコルサコフ版は、最高音にラのフラットを加えています。

さて問題の4曲目「ヴィドロ」。このタイトルですが、ポーランド語で
「牛の類の家畜」「虐げられた人々」の二つの意味があり、「ヴィードロ」と
発音すると、ロシア語で「家畜のように従順な人間、暗愚な農民」という
意味になるのだそうです。
原典版は冒頭からffで始まりますが、コルサコフ版はppから始まり、
長大なクレシェンドからffへ突入、そしてしだいに弱くなり最後にppで終わります。
あたかも牛車が遠くから近づいて来て目の前を通り過ぎ去っていくかのようです。

ピアニストの中には、原典版の冒頭がffで書かれていることもあって、
後者の意味と解釈し、あたかも葬送行進曲のように、悲しみと怒りに満ちた凄まじい
演奏している録音もあります。ラヴェル編でもこの部分のffで始め、
同じように演奏している指揮者もいます。
(実演で聞いたフェドセーエフがそうだったと思います。)

ガルトマンの遺作展を主催したスタソフは、コルサコフ版の出版に際し、
「ヴィドロ」について、「2頭の牛に引かれ、巨大な車輪のついたポーランドの荷車」
と説明しました。
リムスキー=コルサコフもこの意味を明確にするために、ppから始め、
次第にクレシェンドするように加筆したのです。
この事実は、二人ともムソルグスキーと親しい存在であっただけに無視できないと思います。

果して作曲者の意図はどちらだったのでしょうか?
今も残されているガルトマンの遺作展のカタログには、なぜかヴィドロに該当する絵は
ないと言われています。
「ヴィドロ」の元となった絵が見つかっていない(あるいは元々存在しない)現在、
真実は遠い歴史の闇の中です。

(2002.01.14)
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