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「ラプソディー・イン・ブルー」を聴く10・・・ヘンリー・アドルフ
今回はヘンリー・アドルフの演奏です。
実はヘンリー・アドルフという指揮者は存在しません。
10年ほど前に、ドイツのPILZという会社から発売されたCDが一枚500円前後で多量に出回ったことがあります。演奏は指揮者としてアドルフ、パンタリ、ショルツ、ピアニストのトムシック、オケはフィルハーモニア・スラヴォニカ、南ドイツフィルといった顔ぶれ、ピアニストのトムシックのように実在の演奏家もありますがこれらの多くは、指揮者でプロデユーサーのショルツという人が、オーストリアや東欧の放送局の音源を安く買い、自分の名や架空の演奏家の名をつけてCDを製造して販売したものでした。

それらは、DIYショップやCDショップ、駅売りのワゴンの中で売られ、その中の一部はデアゴスティーニが出していた「クラシック・コレクション」というシリーズとして最近まで本屋で売られていました。

とはいえドヴォルザークの交響曲第8番(ヘンリー・アドルフ)やシベリウスのヴァイオリン協奏曲(ツヴィツカー・グリーグのヴァイオリン)のような幽霊演奏家の録音、スロヴェニアの女流ピアニストであるトムシックのブラームスピアノ協奏曲第1番のように、演奏内容ではトップクラスの名演もあります。

これらの幽霊指揮者の実体は、ユーゴの長老指揮者ミラン・ホルヴァートやスロヴェニアの指揮者アントン・ナヌートによる演奏が主なもののようです。

その後PILZは倒産(社長が逮捕されたようです)、メジャーレーベルのCDの大幅値下げもあり、これら安かろう悪かろうのCDは市場から姿を消してしまいましたが、時々姿を変えた形で現れることもあります。

・ヘンリー・アドルフ指揮
フィルハーモニア・スラヴォニカ
(録音年不詳  スタジオ録音)
さて今回紹介するのは、幽霊指揮者ヘンリー・アドルフによるフィルハーモニア・スラヴォニカ(これも幽霊オケ)ですが、かつてスロヴェニアの指揮者アントン・ナヌートとリュプヤーナ放送交響楽団のガーシュインが国内盤で出たことがあり、この演奏と同一かもしれません。当初紹介する気は全くなかったのですが実際に聞いてみてびっくり、
1942年版に1924年のジャズバンド版の要素を取り入れた版を使用していました。
演奏も愉悦感に満ちたなかなかのものです。

1942年版が基本としていますが、編成はかなり刈り込んでいるようです。1942年版でピアノソロが初めて登場する部分に弦楽器を追加、これは1924年初演版と同じで、このように各所で初演版のアイディアが復活しています。なおアンダンティーノにティンパニのトレモロ、終結部6小節にドラの連打を追加。

冒頭クラリネットの暖かでソフトな響きとチューバを強調しているのが印象に残る演奏でした。ピアノソロが登場すると一転して軽やかでスピーディー、この猛烈な早さは今のところ聴いた中では最速。この結果、バスクラのソロ部分では指が完全にもつれ、アンサンブルも各所でほころびが見られ、猛烈に飛ばす指揮にオケがアタフタとしながらも懸命に付いて行くのが目に見えるようです。
このようにオケの技量に多少の問題はありますが、細かなことには気にしないこの独特の熱気と勢いが不思議と20年代のジャズのスピリットを感じさせる、何とも言えぬ魅力的な演奏でした。

カップリングされた「パリのアメリカ人」は「ラプソディー・イン・ブルー」以上の快演、これは駅売りCDの中でも出色の一枚。
(2004.02.24)
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