「ブラームスの3番を聴く」20・・戦前派巨匠の時代Z クナッパーツブッシュ
「ハンス・クナッパーツブッシュ(1888 - 1965)」

1888年ドイツのエルバーフェルトに生まれ、祖父の代からクナッパーツブッシュ家はアルコール蒸留会社を経営、現在でもこの会社は続いているそうです。ボン大学で哲学を、ケルン音楽院でフリッツ・シュタインバッハに指揮法を学びますが、シュタインバッハは「無能、指揮者になるべきではない」とクナッパーツブッシュを酷評していました。

1911年にバイロイトでハンス・リヒターから大きな影響を受け、その後デッサウやライプツイヒなどの歌劇場で経験を積み、1922年バイエルン州立歌劇場の音楽監督に就任するもヒトラーと衝突し1935年辞任。翌年から1936年ウィーン歌劇場とウィーン・フィルの指揮者。1951年から1964年までバイロイト音楽祭に出演。

クナッパーツブッシュは、今やフルトヴェングラーと並び神格化されているほどの大指揮者ですが、私がクラシック音楽をまともに聴き始めた70年代初めのクナッパーツブッシュの録音といえば、ワーグナーの「パルシファル」全曲のような大物はあるが、ブルックナーの交響曲の数曲(当時既に誰も使わなくなった改訂版使用)や「胡桃割り人形」、若干のウインナ・ワルツや、R.シュトラウスの交響詩といったところで、ワーグナーの楽劇全曲などとても手が出るはずもない当時の私は、クナッパーツブッシュという指揮者は凄いらしいという漠然とした印象しか持っていませんでした。

それが今では、数え切れないほどのライヴが発掘され、しかもDVD映像まで登場するご時世(バイロイトでのパルシファルのリハーサル映像の圧倒的な存在感は必見!)。これらを聴いて感じるのは、ワーグナーとブルックナーの交響曲、そしてブラームスの第3番といったある特定のレパートリーに関しては神技の域まで達した異形の巨人だということです。

このクナッパーツブッシュが最も多く演奏した交響曲が、ブラームスの交響曲第3番だったそうです。ただフリッツ・シュタインバッハの教えを受けたとはいえ、シュタインバッハはクナッパーツブッシュを指揮者として評価していなかったそうですから、シュタインバッハの影響で得意になったというわけでもなさそうです。
録音は実に8種類。

・ベルリンフィル      1942年   スタジオ録音
・ベルリンフィル      1944年   ライヴ録音
・ベルリンフィル      1950年   ライヴ録音
・ウィーンフィル      1955年   ライヴ録音
・ウィーンフィル      1958年   ライヴ録音
・ドレスデン国立歌劇場管  1956年   ライヴ録音
・ケルン放送響       1962年   ライヴ録音
・シュトゥットガルト放送響 1963年   ライヴ録音

今回はこの中からベルリンフィルを振った3種の録音を紹介します。

・ベルリンフィルハーモニー管弦楽団
(1950年11月  ベルリン  ライヴ録音)

クナッパーツブッシュのブラ3中最も有名な録音で、いつもこんなに凄かったのかはわかりませんが、神がかり的なあまりの凄さに口あんぐりの大演奏。

巨大なエネルギーが噴出する冒頭の3つの音からまず圧倒されます。これはいったい何事が起こったのかと思わず呆然とするほど凄まじい響きです。続く第1主題も尋常でない巨大さで、大地を深く抉るホルンの後打ちが下を支え、23小節以降木管楽器の旋律を微妙に旋律をずらす名人芸を見せながら演奏は進み、120小節目の冒頭再現部で再び大爆発、144小節以降のヴィオラの刻みも実に雄弁、195小節目での巨大なブレーキ、強弱指定もほとんど無視の超個性的な解釈の続出でありながら強烈な説得力で聴き手に迫ります。

大自然の中を逍遥するような淡々とした第2楽章では、ひっそりと、しかし確実に根を下ろす第2主題の緊張感溢れる響き、その後しばらく続いた平穏も80小節目のアクセントにより、現実の厳しさを目覚めさせられます。

第3楽章は135小節目3拍目の突然のパウゼから後半にかけての大きな歌が素晴らしく、
第4楽章では、第1主題の登場前のものものしい弦楽器の中に見せるコントラファゴットの重厚で深い響きが印象に残り、81小節目でテンポを大きく落とし、ザクッザクッとエグるような凄絶なアクセントを見せながら、149小節の恐怖のクライマックスを迎えます。後半も216小節目ではティンパニを加筆させながら3番ホルンの太いアクセント、252小節のヴァイオリンの意味深いピチカート強調など、深い陰影を見せていました。終盤の巨大なコラールでは287小節にティンパニのトレモロを加えていました。
第1楽章のリピートはありませんが、第4楽章終結部の改変はあります。

今回聴いたのはイタリアのIDISから最近出たCDで、このCDは音の分離も良く50年録音としては満足の出来。これはもう、演奏の凄さが録音を超越していて、聴いていてモノラルということが全く気になりませんでした。

・ベルリンフィルハーモニー管弦楽団
(1942年3月11日 ベルリン スタジオ録音)

他のライヴに比べると大人しい演奏ですが、凡百の指揮者では足元にも及ばない細かな配慮とスケールの大きさを感じさせる名演。

第1楽章ゆっくり巨大な冒頭モットーに、大海原に乗り出すかのような大きなうねりの第一主題、クラリネットソロの前で大きくテンポを落とし、わずかな間を取ってから第2主題クラソロは入ります。クライマックスの響きも雄大で、振幅の大きさとまとまりの良さが程よいバランスがとれた演奏です。

バランス良く端正に進める第2楽章、自然界に自由に遊ぶ第3楽章では、中間部エスプレーシボの心を込めた歌とホルンソロに入るフェルマータの前を実にゆっくりじっくりと聴かせます。135小節3拍目のクナ独自のパウゼなど、すでにクナッパーツブッシュの解釈は固定されています。

第4楽章は、後半の149小節の山場にテンポを落としつつヴァイオリンの細かな動きを明確に際立たせるなど、細かな芸も見せますが、後のライヴに聴かれるようなティンパニの加筆もなくテンポの動きも極端でないために、クナのブラ3としては多少の物足りなさも感じます。

今回聴いたのはHistryの激安CDですが、相変わらずレンジの狭い再生音、ターラやプライザーなどの正規音源からのCDならば、多少印象は変わるかもしれません。

・ベルリンフィルハーモニー管弦楽団
(1944年9月9日 バーデンバーデン ライヴ録音)

後の凄演1950年盤を予見する加筆などが各所で見られる演奏。第2、第3楽章は端正
な出来で第3楽章の135小節のパウゼはこの演奏が一番控えめ。

両端楽章の巨大な造形は既に健在、第4楽章218、229小節のヴァイオリンに重なるホルンがトランペットのように強烈に聞こえてきます。あるいはトランペットも重ねているのかもしれません。210小節目と287小節目は大きなタメをつけながらティンパニを追加、凄まじい盛り上がり。

今回はキングの国内盤、KICC2022で聴きました。CDの表示には1942年か44年となっていますが、1942年盤とは明らかに異なる演奏なので1944年演奏としておきます。しかし不思議と聴衆の会場ノイズが聞こえません。聴衆なしの放送用ライヴかしらん。
(2005.02.23)