新「第九を聴く」10・・・・初期の録音3 ワインガルトナーその2
「フェリックス・ワインガルトナー(1863 - 1942)」

これから前回の連載で紹介できなかった録音を古いものから遡って紹介していきます。

今回は、ウィーン宮廷歌劇場の総監督、ウィーンフィルの常任指揮者を歴任し、マーラーやニキシュと並んで19世紀後半から20世紀初頭を代表する指揮者として当時のヨーロッパ音楽界に君臨したワインガルトナーの第一回録音。

・ ロンドン交響楽団、合唱団
S)M.リュセットA)M.ブランスキルT)H.アイスデル Br)H.ウイリアムス
(1926年3月16,17日 ロンドン スタジオ録音 )

1927年のベートーヴェン没後100年を記念して、英コロンビアが計画した電気録音によるベートーヴェン交響曲全集中の一枚。ワインガルトナーの第九の第一回録音となった電気録音初の全曲録音で、歌詞は英語で歌われています。
ワインガルトナーはこの全集で第5番から9番までを録音し、30年代に「田園」以外の4曲の再録音を行っています。

電気録音初期の制約からでしょうか、第一楽章冒頭の2本のホルンの入りが合わなかったり、途中でくしゃみや咳が混入してしまったりといった今では取り直しをするような部分がそのまま修正されずに残っています。

柔らかで泰然自若、どっしりとした風格に満ちた演奏でした。演奏全体に漂う物々しさは、あたかも荘重な儀式に参加しているような雰囲気です。第九を録音するということが特別な出来事であった時代の演奏者の意気込みが伝わって来る演奏。

第一楽章は冒頭のホルンが不揃いで興を削がれますが、続くスタイリッシュな音楽運びが現代的な新鮮さを感じさせます。139小節や408小節の木管部分の箇所でテンポを落とすのが印象的。416、501小節の第一ヴァイオリンはオクターヴ上げていました。
300小節めからの長大な強奏部分では、ティンパニのトレモロをカットしsf部分しか響いていませんでした。これは当時の録音の技術上の制約のため、ティンパニの音に他の楽器がマスクされる恐れがあったからだと思います。

第二楽章は最初のリピートなし。激しさは感じられず典雅な趣。トリオになると不自然に速いテンポとなりますが、これは復刻上の誤りかもしれません。

止まりそうなほど遅い第三楽章は、ピリオド系の演奏に比べると全く別世界の音楽。
Andante moderatoでは何者かのくしゃみが聞こえています。

第四楽章冒頭旋律のトランペット加筆、42小節のチェロ、コントラバス部分でテンポを落としますが、歓喜の主題Allegro assaiはサラリと速めのテンポで流していました。
この部分で2番ファゴットをチェロと重ねるのは再録音と同じ。201小節から急にピッチが高くなるのは明らかに復刻上の不備です。

英語による歌詞は古い録音のためはっきりしませんが、ストコフスキー盤ほどの違和感はなくドイツ語歌詞に比べて柔らかな印象を受けました。遅いテンポのAlla marciaはドッコンドッコンとした大太鼓の鈍い音が野暮な印象。続くオケのみの間奏は見事に決まっていました。合唱団はアマチュア的な水準で、650小節付近などかなり音程が怪しくなっています。二重フーガは速いテンポでトロンボーン加筆。

今回聴いたのはロココ原盤の日本コロンビアのLP2枚組です。ジャケットのたすきには史上初の全曲録音と書いてありますがこれは明らかに誤り。
おそらく金属原盤からではなく、発売されたSP盤からの直接板起こしだと思われます。針音もはっきり聞こえますが聴いているうちにさほど気にならなくなりました。
ただし面の変わり目で唐突にピッチが高くなり、テンポも不自然にアップする部分が散見されます。

当時の英コロンビアのSPは、後に標準となった一分間78回転ではなく80回転であったそうですが、このLPの復刻では、異なった回転数でカッティングされたSPを部分的に使用したのではないでしょうか。その部分を補正しなかったようです。
(2006.12.13)