「新世界よりを聴く」39・・・ハンガリー系の指揮者たち フリッチャイ
今回からハンガリー系の指揮者の演奏を紹介します。

「フェレンツ・フリッチャイ(1914 - 1963)」
ブタペスト生まれのフリッチャイは、祖父がテノール歌手、父がハンガリー軍楽隊の第一カペルマイスターという恵まれた音楽環境で育ち、バルトークやコダーイにも師事しています。早くから指揮者を目指し、ハープ以外の全ての楽器を演奏することができたそうです。
若くして、ブタペスト歌劇場、ベルリン市立歌劇場、バイエルン国立歌劇場、そしてベルリン放送響(当初はRIAS響)、ヒューストン響の音楽監督を歴任。素晴らしい才能の持ち主でしたが、白血病のため48歳という若さで逝ってしまいました。

フリッチャイ家は代々チェコのモラヴィアに住んでいました。フリッチャイ自身はブタペスト生まれですが、ドヴォルザークには特別な思いがあったようで、演奏会でも数多く取り上げています。
録音はベルリン放送響(当時はRIAS響)とベルリンフィルを振った二つがあります。

・RIAS交響楽団(現ベルリン・ドイツ交響楽団)
(1953年        ベルリン スタジオ録音)
RIAS響がRIAS(アメリカ占領下放送局)からの援助を打ち切られた直後の録音。
シャープなリズムとアクセントの強調、緊張感に満ち、猛烈な速いテンポで一気に駆け抜けた一筆書きの演奏でした。演奏時間36分台はパレー盤に次ぐ速さです。

ジムロック版使用、部分的にフリチャイ独自の加筆があり、第2楽章15小節3拍目のコールアングレの8分音符+8分音符は付点8分+16分音符に変え、第3楽章コーダ突入前の279小節目にティンパニのクレシェンド加筆。中でもストコフスキーの専売特許みたいなものだった第4楽章305小節のシンバル追加には仰天。

緩急の落差が大きな演奏で、第1楽章主部で特に顕著、嵐のようなスピードの中に経過主題でフルートに続く第2ヴァイオリンの慈しむような歌と、テンポをぐっと落しながら郷愁を誘うかのような歌を聞かせる第2主題が印象的。序奏のティンパニトレモロは2度打ち。
173小節のトロンボーンはチェロと重ね、コーダ直前392小節のホルンの強奏で大きなタメを造りつつ一気に加速、終結部まで猛スピードで駆け抜けていました。

第4楽章で驚いたのは、92小節からのトランペットのファンファーレ風の箇所が実音で通常のシ-♯ファではなく3度低いソ-レで吹かせていました。
思わず手持ちのスコアを見てみたら、ジムロック版とスプラフォン版両方ともトランペットはin Eの指定でここはソ-レ標記ですから実際にはシ-♯ファと鳴ります。
ところが音友初版のスコアだけは、この部分のトランペット部分をin C指定としソ-レ標記となっていました。少数派ながらこのような版があるようです。

他に実音ソ-レで演奏している録音がないかと探してみたら、なんと名盤として名高いケルテス&ウィーンフィル盤がソ-レでした。面白いことに同じケルテスでもロンドン響との録音はシ-♯ファ。逆にウィーンフィルでもコンドラシンはソ-レなのにマゼールはシ-♯ファ。
この部分の記譜上はin C、in Eの両方ともソ-レとなるので、移調楽器の扱いに多少不慣れな点が見られるドヴォルザークのスコアだけに、これには何か深い理由がありそうです。

この第4楽章では170小節からの加速が猛烈、あまりの早さに聴いていて心配になるほどで184小節めでは極限にまで達します。続くメノモッソでがくんと落とししますが、意外に唐突感はありません。最後のホルンソリでは楽譜指定より前からリタルランド。続く雪崩のごとき怒涛の終結部にはシンバルの強打を加え、猛烈な盛り上がりを見せていました。


・ ベルリンフィルハーモニー管弦楽団
(1959年10月5、6日 ベルリン イエス・キリスト教会 スタジオ録音)
1958年11月にフリッチャイは病に倒れ2度の手術をすることになりました。一時は生死の境を彷徨うほどの状況で、翌年の9月まで静養することになります。
この「新世界より」は、病も小康を得てようやく指揮台に立つことができるようになった直後の録音です。この長い闘病生活を境にフリッチャイの芸風に大きな変化が生じました。
この時期のフリッチャイの指揮映像を見たことがありますが、フルトヴェングラーにそっくりな容貌、デモーニッシュで神がかり的な指揮ぶりは、ちょっと忘れ難いものがありました。

遅いテンポの彫りの深い演奏で、旧盤と比較すると全く異なるスタイル。とても同じ指揮者の演奏とは思えないほどで、演奏時間だけでも8分近く遅くなりました。
一音たりともゆるがせにしないフリッチャイの姿勢に共感したベルリンフィルの熱気が直に伝わる演奏です。緊張感の中にフリッチャイの音楽に対する愛情が聴き手にダイレクトに訴えかけるものがあり感動的です。

第1楽章序奏のゆったりとしたホルンの呼びかけに続く強奏部分の渾身の響きが凄まじく、22小節目のティンパニトレモロは2段打ち。
フルートからヴァイオリンへの受け渡しが実に自然な第2主題は、聴いていて言い知れぬ懐かしさを感じます。ここでのフルートの響きが実に美しく響きます。ニコレでしょうか。396小節コーダ突入前の大きなタメは旧盤と同じ。443小節はチェロにトロンボーンを重ねています。

第2楽章の荘重なコラールの後、コールアングレの15小節の改変なし。Un poco più mossoの遠くから聞え、しだいに近づく遠近感を持ったフルートとオーボエが美しく響きます。第4楽章91小節のトランペットは通常とおりのシ-♯ファの組み合わせ。
ジムロック版使用。

自らの命を削りながら自然な呼吸で自由に音楽と遊び、魂の高揚感を見せる姿は鬼気迫るものがあります。聴き手に爽やかさまで感じさせる音楽に対する真摯な姿勢は感動的でした。

今回聴いたのはBELERTの外盤CDとフリッチャイ・エディションの国内盤CDです。
BELERT盤は高音持ち上げすぎで音が薄く、一方のフリッチャイ・エディションは奥深さも感じさせ分離も明確なものでしたが、もともと硬質な音の録音で、これはドイツグラモフォンのオリジナルLPで聴きたいところです。


(2005.09.23)