「カレル・アンチェル(1908 - 1973)」 「チェコフィル100年」という記録映画があります。そこに登場するのは、ターリッヒやアンチェル、クーベリック、ノイマンといったチェコフィル歴代の錚々たる名指揮者たち。この中ではアンチェルの師である晩年のターリッヒが、慈愛に満ちた眼差しでアンチェルを見つめながら談笑する場面と、アンチェルがチェコフィルに全面的な信頼をおいて手際よく進める「新世界より」のリハーサルが印象に残っています。 ムラヴィンスキーに「アンチェルがいるから新世界は振らない」とまで言わせたほど、アンチェルの「新世界より」は絶対的な存在でした。アンチェルの「新世界より」は以下の録音があります。 ・1956年 チェコフィル ライヴ録音 ・1958年2月 ウィーン響 スタジオ録音 ・1958年10月 チェコフィル ライヴ録音 ・1961年 チェコフィル スタジオ録音 ・1963年 チェコフィル ライヴ録音 この5つの録音を聴いてみました。 ・チェコフィルハーモニー管弦楽団 (1961年12月5,6日 プラハ ドヴォルザークホール スタジオ録音) チェコのスプラフォンレーベルのスタジオ録音。非常に有名な録音で、国内では日本コロンビアから70年代に廉価盤LPとして、CD期にも比較的初期から出ていました。 きっちりとして硬質、トスカニーニの演奏を連想させる古典的で均整の取れた名演。オケも充分に鳴り切り、チェコフィルの能力もフルに全開。知と情のバランスも良く、艶のあるクラリネットの響きや、弦楽器の共感に満ちた歌が独特のローカリティを感じさせます。 第1楽章序奏の3,4番ホルンはスプラフォン版と同じ、ティンパニは16分音符1発打ちの後4分音符からトレモロ、第2主題はBBBB型というターリッヒ盤と同じです。 清潔感が感じられる緊密な弦のアンサンブル、第3楽章の小気味良いティンパニの強打と、最後のアクセントが印象に残ります。インテンポで突き進む第4楽章は、吊り下げシンバル使用、終盤298小節第2楽章コラール再現の直前のリタルランドも自然に決まっています。 テンポの大きな揺れはありませんが、第1楽章では主部に入ると僅かに加速、第4楽章でもコーダ331-3小節のin Tempoのテンポは倍速で飛ばしていました。 今回聴いたのは、日本コロンビアから出た廉価盤LPとマスターソニック仕様の国内盤CDです。 LPでは、第2楽章78小節からのMenoで聴かれる濡れるようなヴァイオリンのヴイヴラートの響きが独特の魅力でしたが、スプラフォン社の倉庫に保存されているオリジナルのマスターテープまで遡ったCDはSN比も良く奥行きも感じられ、演奏者の呼吸感まで感じられる優れものでした。 ・ウィーン交響楽団 (1958年2月 ウィーン コンツェルトハウス スタジオ録音) フィリップス原盤で、アンチェルの「新世界より」のスタジオ初録音。今のところアンチェルがチェコフィル以外のオケを振った唯一の「新世界より」です。 アンチェルの他の「新世界より」録音とは大きく異なる演奏でした。ウィーンのオケ独特の柔らかさが、アンチェルの個性である硬質で切れの良いリズム感を弱めていて、レガート多用がおよそアンチェルらしくない甘く締まりに欠ける印象を与えます。 注目の使用版はチェコフィル独自の版ではなく、一般的なジムロック版で、序奏の3,4番ホルンは一瞬間をおき、第2主題もAABB型。 序奏のティンパニはチェコフィル版と同じ16分音符一発叩きの後、4分音符からトレモロ。 第1楽章はここでも主部から次第に加速。第2楽章のコールアングレは少し早めで、続く弦楽器の歌は甘くなりすぎてムードに流され気味。中間部90小節からのオーボエの早いパッセージの部分、この入りで一瞬不自然な間が空きます。これは明らかに編集ミス。 最後の弦楽器のみによる室内楽的な部分では、ウィーン風の柔らかで音楽性の高い抜群の演奏を聞かせています。特にコンサートマスターは傑出。 第3楽章では68小節以降のフルート、オーボエののびやかな歌が良く、第4楽章では一転して野性的な太いホルンとトランペットの響きが魅力的。227小節のIn tempoは少し急ぎすぎで、ここで緊張感がぷっつりと切れてしまいました。 ゆったりとして直線的な演奏で、後半になって調子が出てきた印象です。 部分的には、はっとさせる面白い場面もありましたが、アンチェルがかなりの部分でウィーン響に譲っているようで、お互いの個性が相殺されて中途半端な演奏となってしまいました。 今回聴いたのはフィリップスのFG218というグロリアシリーズの古い廉価盤LPです。 これは薄く靄がかかったようなはっきりしない再生音で問題あり。 (2005.07.07) |