「幻想交響曲を聴く」43 サーと呼ばれた指揮者たち2・・・グーセンスとビーチャム
「サー ユージン・グーセンス(1893 - 1962)」
ロンドン生まれ、グーセンス家は有名な音楽一族で、弟のレオンは著名なオーボエ奏者、妹二人もハーピストで録音も残っています。当初作曲家として出発し、後に指揮者に転向した後はロチェスターフィル、シンシナティ響、シドニー響の音楽監督。録音はSP時代から数多くありますが、現在大部分が廃盤、再評価の可能性も少ないようです。
イギリスのある音楽評論家曰く、録音史上最も不器用な「春の祭典」の録音を残した人。

シドニー響時代に空港の税関で禁制の雑誌の持ち出しが発覚。サーの称号を持っていただけに一大スキャンダルとなり、指揮者としてのキャリアを絶たれてしまいました。
グーセンスはいまやほとんど忘れ去られた指揮者ですが、スキャンダル後の謹慎中に友人のビーチャムから依頼された近代オーケストラ用の華麗で壮大な「メサイア」の編曲は、今でも人気があります。

・ロンドン交響楽団
(1959年 9月 ロンドン ウォルサムストウ アセンブリーホール スタジオ録音)
ステレオ初期に個性的な数多くの録音を残したアメリカのマイナーレーベル、エヴェレストの録音。録音の優秀さで評判になった35ミリ・マグネティックテープによる録音です。エヴェレストは現在倒産してしまい、その権利を買い取ったアメリカのオメガ社のCDを聴きました。(そのオメガ社も今はつぶれてしまったようです。)
35ミリ・マグネティックテープ録音は通常の録音テープの2倍幅の映画用フィルムを通常の1.5倍速で3チャンネル録音する方式で、テープの両脇に映画フィルムのような耳孔があります。
実際このCDは演奏よりも録音が売りのCDで、録音年代からすると多少のテープヒスはあるものの実に優秀な録音。オケの定位も自然で、第5楽章「怒りの日」のチューブラーベルの響きが長い余韻を持ってホールに拡散していく様子が明確に再生されます。

しかし肝心の演奏は、リズムが重く緊張感に欠けるずいぶんとユルイ演奏。第4楽章など同じ時期のデーヴィスとは大違いのオケの緊張感のなさです。
かろうじて第2楽章の優美でエレガントな歌に、古き良き時代の華やかさを思わせるような独特の味わいが感じられるくらいでしょうか。


「サー トーマス・ビーチャム(1879 - 1961)」
イギリス ランカシャー州セントヘレンズ生まれ、指揮は独学。大富豪の3代目として生まれ、財力にまかせオーケストラを雇ったり、あるいは創設し現場での経験を積み重ね、次第に実力を蓄え20世紀初頭のイギリスを代表する指揮者になりました。
ユーモアとウィットに富み、莫大な財産をオーケストラの創設とオペラにつぎ込んで自分の好き放題に生きた、まさに人生の達人。しかし晩年はほとんど破産状態となり、裁判所へ通う日々だったそうです。

ビーチャムは偉大なアマチュア指揮者で、残されたリハーサル風景の映像や録音を聴いてみると実に和気あいあい、次々と連発するビーチャムのジョークに楽団員の大笑いが絶えず、本当に音楽が好きな人だったんだなぁと、ほのぼのとした気持ちにさせられます。
現在イギリス有数の楽団であるロンドンフィルとロイヤルフィルはビーチャムが私費で創設。友人であったディリアスの作品の紹介にも力を注ぎました。

ビーチャムには二つの幻想交響曲の録音があります。

・フランス国立放送局管     1957年   スタジオ録音
・フランス国立放送局管     1959年   スタジオ録音

・フランス国立放送局管絃楽団
(1959年11月30日 - 12月2日 パリ ワグラムザール  スタジオ録音)
旧録音からわずか2年後の同じEMIへの再録音。
第1楽章イーデーフィクスのリピート記号以後、テンポを次第に上げてオケを煽りたて、白熱の展開を見せます。ただし遅いテンポの第2楽章はずいぶんと力のこもった演奏で、かえって鈍重さを感じさせています。

抜群のソロを見せるイングリッシュホルンとオーボエが美しいしみじみとした第3楽章は演奏で最も上出来な部分だと思いました。
第5楽章の後半部分、「怒りの日」の前のクラリネットソロ後で、管楽器を極端に抑え、内声部の弦楽器を強調、魔女のロンドがいったん静まりホルンの2番、4番が怒りの日のテーマを再現する部分では弱音指定を無視しfで吹かせ、続くベースのpppもfなど、独特の解釈を聴かせ、その後次第にテンポが遅くなり、終結部は粘りに粘った演奏となりました。

ベルリオーズ協会の会長を務め、独特のベルリオーズ観を持っていたビーチャムの強烈な個性が感じられる演奏でした。
ただ手兵のロイヤルフィルとの録音に比べるとオケとの一体感がいまひとつで、第1楽章後半の猛烈な加速後の終結部コラール直前のritにさしかかる部分など、オケが止まりきれずに暴走しているような感があります。

ダブルリード属の木管楽器と第5楽章のトロンボーンのようなフレンチチューバの響きはフランスのオケならではの個性的なもので、第4楽章冒頭ホルンはミュート使用。「怒りの日」の鐘はずいぶんとかわいらしい音です。



(2004.10.17)