「ラインを聴く」9・・・シューリヒト
「カール・シューリヒト(1880〜1967)」

ドイツのダンツィヒ生まれの名指揮者、一定のポストといえばウィスバーデンの音楽監督を長く務めたくらいの地味な存在ですが、ベルリンフィルやウィーンフィルの定期には早くから登場していました。深い教養の持ち主、謙虚で暖かな人柄で多くの楽団員から慕われ、晩年はウィーンフィルの団員に神のごとく尊敬されていたそうです。

「ライン」は現在以下の4種の録音があります。

・パリ音楽院管          1953年       スタジオ録音
・スイスロマンド管        1955年        ライヴ録音
・シュトウットガルト放送響    1960年       スタジオ録音
・シュトウットガルト放送響    1960年        ライヴ録音

パリ音楽院管弦楽団
(1953年6月 パリ 共済組合会館  スタジオ録音 )

1949年から1956年までのDECCAへの一連の録音中の一枚。
この時期のDECCAへのシューリヒトのパリ音楽院管を振った録音は、シューマンの交響曲第2番、第3番「ライン」、「序曲、スケルツォとフィナーレ」のほか、ベートーヴェンの「運命」やチャイコフスキーの「イタリア奇想曲」などがあります。

これは凄い演奏です。スタジオ録音でありながらシューリヒト気合の入りが凄まじく、
第四楽章など聴いていてゾーとするほどです。

飄々とした速いテンポ、意表を突くテンポ変化の妙と変幻自在の色彩感。
フランスの管楽器独特の明るい響きとカラフルな音色が音楽に適度な軽みを与えていて、シューリヒトの芸風にうまく合っていると思います。

かなり譜面に手を加えていて、第二楽章冒頭の弦楽器と木管楽器の入れ替えや第四楽章のファンファーレ部分のトランペットのカットのような大手術があり、時としてまったく別の曲のようにも聴こえます。マーラー版と共通する部分もあるものの大部分はシューリヒト独自のいわばシューリヒト編曲版。

(Mはマーラー版の加筆)
第一楽章冒頭はティンパニとブラスのカットもない通常版ですが、15小節からヴァイオリンの旋律にホルンを、20小節ではホルンにトランペットを重ね旋律を明確に隈取ります。
35小節にティンパニのトレモロとクレシェンド付加。
53小節からの1拍めのチェロとコントラバスのアクセント付与が音楽に立体感を与えています。
65小節からのホルンの1小節後ろへ異動(M)
125小節の自然なテンポの落し方が絶妙でした。
188小節全体にクレシェンド付加(M)
225小節からの息の長いクレシェンドも見事。
255小節のヴァイオリンにホルンを重ねていますが、マーラー版の273小節のホルンかさねは(M)はなし。
281小節の冒頭主題が回帰する箇所では大きくテンポを落しテヌートで主題を演奏。
325小節の弦楽器群に重ね、ティンパニ加筆
368小節のホルンはオリジナルの譜面のままフォルテで開始。ここのホルンからフルート、オーボエへの自然な受け渡しの場面の中で、音楽の気配が七色に変化していく様子はため息がでるほどの素晴らしさです。
411小節からのfffでは、ファーストヴァイオリンを1オクターヴ上げて歌わせます。
431小節の2,3拍めのファゴットの合いの手にホルンを重ねつつ大きなクレシェンド。音楽に悪魔的な雰囲気が漂います。

第二楽章9小節(リピート記号のあと)の最初のフレーズではヴァイオリンをカットし、オーボエとフルートのみで歌わせ、次の同じフレーズではオーボエ、フルートを休ませヴァイオリンのみに歌わせ大きな変化を演出。
この楽章全体でクラリネットを強調。
115小節の裏拍のホルンにチェロを重ねる(M).

第三楽章は平穏無事の速いテンポ、51小節(最後5小節)のテンポの落し方も絶妙のタイミング。

第四楽章は速く厳しい怒れる音楽。冒頭から4小節目まで息の長いクレシェンドの頂点でブラス群が明るい響きで鳴り渡ります。
ここでのホルン首席のリシアン・テーヴェのハイトーンはみごとなもの。

12小節めからのセカンドヴァイオリンにトランペットを重ねています。
16小節目からはさらなる大きなクレシェンド
22小節のクラリネットにトランペットを重ねるなど、多くの部分でトランペットにメロディを移行。
ところがこの楽章の頂点である52小節のファンファーレ風の部分では、逆にトランペットをカットし、木管楽器によるコラールのような響きで聴かせるという意外な展開。
ここの同じフレーズの2度目には、トランペットを加えトロンボーンと同じ音型で崇高な盛り上がりを演出。

第五楽章冒頭4小節のチェロとコントラバスをピチカートとしリズミカルさを増幅。木管はクラリネット以外はすべてカット。
ティンパニにも大きく加筆(フレーズの最後の小節にトレモロとクレシェンド)
18小節から初めてーボエとフルートが参加。22小節に大きなアクセント。2,4拍めのアクセント指示を1−3拍に改変して前進感を演出。
32小節からのファーストヴァイオリンを二分割し、一部は旋律を演奏せず最初の音を長く伸ばしているようです。

275小節からファーストヴァイオリンオクターヴ上げ。途中からトランペットが加わり超絶的なハイトーン付加。ここからのポリフォニックな扱いの見事さにより、音楽は崇高さ高みまで達し聴き手を大きな感動に誘います。
315小節の3,4番ホルンの上昇音の前半のみトロンボーン加筆、マーラー版に聞かれる後半のトランペット加筆はなし。

短い時間にシューリヒトの魅力がびっしり詰まった名演です。

シューマンは作曲家としてのかたわら「音楽新報」という同人誌で音楽評論家としても活動していました。
この「音楽新報」では、「ダヴィッド同盟」という架空の組織の同盟員が投稿するという形がとられています。
シューマンは、様々な音楽観を表現するために、物静かで瞑想的な「オイゼビウス」と活発で行動的な「フロレスタン」という芸術観や性格の異なった架空の人物を作り、シューマン自身と共に3名の人物が軸になって音楽作品論を展開していました。

シューリヒトの演奏は、この「フロレスタン」的な強く逞しい部分は早いテンポで、「オイゼビウス」的な内省的な部分は遅いテンポで描き分けています。
シューマンの心の中の相反した性格を意識しながら音楽の深い部分まで踏み込んだ、凄みさえも感じさせる演奏でした。

今回はキングレコードの国内盤LPと国内盤CDを聴きました。モノラルでも優秀録音が多いDECCAですが、この録音は50年代としては標準。LPよりもCDの方が細部は明瞭でした。

(2011.05.30)