「チャイコフスキーの5番を聴く」9・・・初期の録音 フルトヴェングラー
「ウイルヘルム・フルトヴェングラー(1886〜1954)」
フルトヴェングラーにとってチャイコフスキーはレパートリーの中心とは言えませんでした。
交響曲第4番、第6番「悲愴」についてはスタジオ録音が存在しますが、第5番はトリノのイタリア放送局のオーケストラとのライヴが唯一の記録です。

・ トリノ・イタリア放送局交響楽団
(1952年6月6日  ライヴ録音)
フルトヴェングラーの同曲で存在する唯一の録音。当日は前プロとしてワーグナーの歌劇「さまよえるオランダ人」序曲と「神々のたそがれ から夜明けとジークフリートのラインへの旅」が演奏され、いずれも録音が残っています。

フルトヴェングラーの残された数多くのライヴの中で、最悪の演奏とまで言われている録音。
第四楽章のカットはメンゲルベルクよりも短く、218小節から316小節ですが、317小節への入りはかなり唐突感があります。

第一楽章38小節のクラリネットソロの入るAllegro con animaは異常に遅く、フレーズの4拍目で微妙に落とすのがメンゲルベルクの演奏によく似ています。
テンポの動きが鈍く精気に欠けるのは練習不足でオケに自信がないのかもしれません。
指揮者の解釈が不徹底で、両者手探り状態のまま進みます。
170小節のニ長調のMolt piu tranquilloから大きく歌わせようとしますが木管楽器が遅れ気味でこれも不完全燃焼。再現部328小節のファゴットソロも危うい雰囲気です。
後半の360小節から大きく加速します

第ニ楽章序奏が異様なほどの遅さで、これではソロの出を待つホルン奏者には大きなプレッシャー。続くホルンソロはかなり苦しい出来。
第三楽章も不気味なほどのスローワルツ。最後のテンポの大きな揺れが個性的。

第四楽章は冒頭から足を引き摺るような開始。90小節のオーボエが落ちてしまいました。
46小節の深い絶望感を呼び起こすような、巨大なフォルティシモが非常に印象に残りました。緊張感を増しながらアチェランドとクレシェンド。その頂点58小節目Allegro vivaceでのティンパニの1発なしはメンゲルベルク指揮ベルリンフィル盤と同じ。

このあたりからようやくフルトヴェングラーの面目躍如となります。
オケが多少遅れ気味であるものの、強い意思を込めながら猛烈な加速が凄まじく、128小節では木管群の第A主題を大きく歌わせます。
最後の力を振り絞った追い上げは息を呑むような迫力。コーダ直前で曲が終わったものと勘違いした聴衆の拍手が入るのも納得。


オケのアンサンブルの精度は粗く、フルトヴェングラーの解釈に一貫性を欠く部分もありますが、終楽章のようにフルトヴェングラーならではの魅力的な部分もありました。

今回聴いたのは日本コロンビアから出ていたワルター協会原盤のLPです。
この当時のライヴ録音としては音の悪い部類で、演奏の鈍さを助長しています。
なお、第4楽章の終盤481小節での聴衆のフライング拍手は、このLPではカットされています。
(2010.08.25)