これから個別の演奏を紹介していきます。 今回は初録音となったソコロフの演奏です。 ニコライ・ソコロフ(1886 - 1965) ロシアのキエフ郊外に生まれ父からヴァイオリンを学ぶ。15才で渡米しエール音楽学校で学んだ後18才でボストン響に入団。その後ロシア交響楽団のコンサートマスターとして各地を演奏旅行。再びアメリカに戻りサンフランシスコフィル(San Francisco People's Philharmonic Orchestra)の指揮者。1918年に創設されたばかりのクリーヴランド管の初代音楽監督となり、以後1932年までの間に現在の発展の基礎を築きました。その後シアトル響の音楽監督。 ソコロフはラフマニノフと親交があり、1919年の夏にサンフランシスコ郊外でラフマニノフとともに交響曲第2番の短縮版を作製しています。ラフマニノフの手が入っているこのスコアは、現在クリーヴランド管のアルヒーヴに保管されているそうです。 ソコロフは、1920年3月13日のクリーヴランド管の定期演奏会でこの短縮版を初めて取り上げています。1923年1月にはクリーヴランド管とともにニューヨークで再び演奏し大きな成功を収めました。 ・クリーヴランド管弦楽団 (1928年5月 クリーヴランド スタジオ録音) ブランズウィックレーベルに録音された交響曲第2番の初録音。Encyclopedia of the World's Best Recorded1930年版にはSP12枚7ドルの売価がついています。 ちなみに当時ベストセラーだったストコフスキー&フィラデルフィア管の「新世界より」は同じ12枚で10ドル。 ソコロフの演奏は初めて聴きました。際立った個性は感じられませんが凡庸というほどでもなく、手際の良い職人タイプの指揮者という趣。弦楽器に僅かなポルタメントをかける部分はあるものの甘さに溺れずすっきりとした見通しの良い演奏でした。 全体にメゾフォルテの音楽になっているのはレンジの狭い録音のためかもしれません。 そのためにこの曲独特の落差の大きい強弱の変化が充分に表現されず音楽にふくらみと余韻が欠けるものとなってしまいました。 第1楽章主部のAllegro moderatoは遅いテンポ、第1、4楽章の終結部ではテンポをぐっと落として終わりますが、音量も落ちてしまうために頼りない印象を受けます。第3楽章は節度のある歌わせ方は清潔感が感じられリタルダンドからア・テンポへの変わり目も鮮やか。 創設10年目となるクリーヴランド管はなかなかの健闘ぶりですが、第1楽章の練習番号6のPoco a poco piu vivoや第2楽章の両端部分にモタつく部分が見られ、第4楽章では弦楽器が音楽の流れに追いつかない部分があります。管楽器奏者の水準にもバラツキがあるようです。 この録音はラフマニノフ自身が直接手を加えた独自の短縮版を使用していることで貴重です。演奏に際しても、おそらくラフマニノフ自身のアドバイスがあったと思います。 音はきちんと整理されていて、最近の演奏に比べてもテンポの揺れはかなり少なく、全体の印象としては古臭さは感じられませんでした。カットも自然。 今回聴いたのはクリーヴランド管創立75周年を記念してクリーヴランド管弦楽団が自主製作したセット物CDで、1930年代に米コロンビアが再発したSP盤から板起こしのCDです。 1928年録音としては良好な再生音、スコア片手で聴くと全ての楽器が聴こえて来ます。ホルンのゲシュトップもちゃんと聴こえました。 以下はこの演奏の演奏時間と主なカットの箇所です。比較のために完全全曲版とされるプレヴィン&ロンドン響の1973年録音の演奏時間も併記します( )。 全角数字はドーヴァーのスコアに記されている練習番号。 第1楽章 15'34"(18'59") ・ リピート前のTempo Iの3小節目から5小節 ・ 13の5小節目から10小節 ・ 17のA tempoから18まで ・ 18の8小節目から19の16小節目まで ・ 23の5小節めから5小節 ・ 23Piu mossoの5小節めから4小節 第2楽章 8'03"(10'00") ・ 38から41前のmoderatoまで 第3楽章 12'17"(15'37") ・ 50から8小節 第4楽章 9'59"( 13'59") ・ 62からCon motoまで、 ・ 69の15小節前から6小節 ・ 72の4小節目から6小節 ・ 76から81の4小節前まで (2006.03.05) |