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「第九を聴く」10 戦前派巨匠の時代?E アーベントロート
ヘルマン・アーベントロート(1883〜1956)

フランクフルト生まれのドイツの指揮者、ケルン・ギュルツニヒ管、ブルーノ・ワルターの後任としてライプツィヒ・ゲヴァントハウス管の常任指揮者を歴任。第2次世界大戦後はライプツィヒ放送響、ベルリン放送響(東ベルリン)の常任指揮者を務め、旧東ドイツ音楽界の重鎮として君臨しました。特に戦後の活動の場が旧東ドイツを中心とした東欧圏に限定されていたために知られざる存在でしたが、70年代初めに日本のレコード会社が旧東ドイツに眠っていた放送録音を大量に復活させ、一躍名が知られることに成りました。

第九の録音は、最近いくつかの演奏会ライヴや放送録音が発掘され、私の知る限りでは映像や断片も含めると4種以上はありそうです。チェコフィルを振った第九の映像も見たことがありますが、オーケストラをぐっと鷲掴みするような指揮姿は只者でない雰囲気を持ちました。今回は51年の放送録音とチェコのスプラフォン社から発売された25インチ三枚組盤という古いLPを聴いてみました。

・ ライプツィヒ放送交響楽団、合唱団、ライプツィヒ音楽大学合唱団
    S:ラウクス、A:オイストラウティ、T:ズートハウス、Br:パウル  
   (1951年7月29日 )
第1楽章は速いテンポで豪快に進めた古武士的な演奏。確固たる造形、巨大な入道雲がむくむくと沸き上がるような壮絶な演奏です。第2楽章もティンパニの連打が凄まじく、強弱のコントラストも明確で立体的な演奏。多少アクの強さも感じますが見事な演奏だと思います。第3楽章では、豪快ではあるがデリカシーに幾分欠ける芸風がマイナスに働き、いま一つ乗り切れず、オケも一部でアンサンブルの弱さを露呈(特に木管部分)しています。第4楽章もスケールの大きさは感じますが、異様な速さのア・ラ・マルチア、なんともゆったりとしたマエストーソ部分など、楽想の変り目でのテンポの変化が不自然のため、中途半端な印象を持ちました。独唱も女声が幾分弱く、合唱も粗さが目立ちました。
譜面の改変は概ね当時の標準的範囲ですが、第2楽章の第2主題はホルンのみでなく2度目の繰り返しのみトランペットも重ねていました。全体としてスケールは大きく立派な演奏なのですが、古色蒼然とした趣で、個々の個性的な表現がフルトヴェングラーやトスカニーニのように時代を超越した普遍性を獲得していない点がアーベントロートの限界なのかもしれません。録音は50年代の録音としては非常に鮮明で、金管やティンパニが生々しく響きます。

 ライプツィヒ放送交響楽団、合唱団、ライプツィヒ音楽大学合唱団
    S:シュレム、A:オイストラウティ、T:ルッツェ、Br:パウル  
   (録音年月日 不明 )
チェコのスプラフォンレーベルの25センチLP3枚組5面に収録された珍しいもの。基本的な解釈は51年盤と大差はないのですが、完成度としてはこちらの方が上だと思います。特に第3楽章は、各声部の細部の絡み合いを丁寧に歌わせた傑出した演奏です。全楽章にわたってベースの雄弁さが非常に印象に残りました。51年盤以上に早いテンポの嵐のような狂乱の様相を呈する第2楽章、一転して平穏な幸福感に満ちた演奏を聴かせる第3楽章。第4楽章も、楽想が進行していく過程でのアッチェレランドがごく自然に決まっていて、厭味は感じられません。独唱者の中でソプラノは優秀だと思います。合唱はやる気十分の迫力に満ちた歌唱を見せますが、相変わらず苦しい部分があり、テノールの一部には地声で歌っている人がいて、これはかなり気になりました。録音は51年盤ほど鮮明でなく、所々つなぎ目があるように感じたのは放送用のディスク録音からなのでしょうか。
(2001.09.07)
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