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「第九を聴く」11 戦前派巨匠の時代?F シューリヒト
カール・シューリヒト(1880〜1967)
ドイツのダンツィヒ生まれの名指揮者、一定のポストといえばウィスバーデンの音楽監督を長く務めたくらいの地味な存在ですが、ベルリンフィルやウィーンフィルの定期には早くから登場していました。7カ国語に堪能、深い教養の持ち主、謙虚で暖かな人柄で、多くの楽団員から慕われ、晩年はウィーンフィルの団員に神のごとく尊敬されていたそうです。
シューリヒトにはモノラル期にパリ音楽院管弦楽団を振ったベートーヴェン交響曲全集があります。幸いにして第九のみは試験的に録音されたステレオ録音が残されました。
今回は他にフランス国立放送管を振ったライヴと併せて聴いてみました。

    パリ音楽院管弦楽団、エリザベート・ブラッスール合唱団、
    S:リップ、A:ヘフゲン、T:ディッキー、Br:フリック  
   (1958年3月、5月 )
シューリヒトのベートーヴェンは、速いテンポでさらりと流したドイツ的な重厚さとは無縁の演奏ですが、品格に満ち内に秘めた気迫が素晴らしい名演です。
シューリヒトの演奏はフルトヴェングラーのようなワーグナー派のデモーニッシュなものではなく、むしろメンデルスゾーンの流れをくむ客観的冷静な目で作品を見据えた端正なスタイル。何も変わったことをやっていないのですが、何度も聴いても聞き飽きることのない素晴らしい演奏だと思います。
特に変幻自在の即興性をみせた第3楽章が印象に残りました。嵐のような激しさで通りすぎる第2楽章、第4楽章での力感に満ちた合唱と独唱者も見事で、特にマエストーソから二重フーガにかけては感動的な演奏を展開します。譜面の改変は、第1楽章のクライマックスには楽譜にないホルンの上昇音型を追加し、第2楽章の最後の音にティンパニの一発を追加していました。幾分冷めた印象が感じられるのは、パリ音楽院管弦楽団の明るく軽めの音色のためなのかもしれません。

    フランス国立放送局管弦楽団、合唱団、
    S:スチューダー、A:マルティ、T:クメント、Br:レーフス  
   (1954年9月12日 )

フランス国立放送管弦楽団とのライヴはモントルー音楽祭でのライヴ。
予測のつかないテンポの動きをみせた即興的な演奏です。第2楽章トリオの猛烈な速さには驚かされました。しかし、いくらなんでもこれは、ちょっと早すぎるのではないでしょうか。第4楽章のレチタティーヴはアクセントを極端に強調した早めの演奏でしたが、
歓喜の主題は極端に遅い演奏。この主題が盛り上がるにつれて、息の長いアッチェレランドをかけ長大な盛り上がりを構築します。ここでの指揮者は、オケや合唱のアンサンブルをきっちりひきしめるというよりも、オケの自発性に身を任せながら自分のペースに巻き込んでいくといった趣で、曲が進行していくのにつれて、オケや合唱が次第に昂奮状態に陥っていくのがよくわかりました。おそらく実演で聴いたならば、大きな感銘を受ける演奏なのですが、シューリヒトの即興性にオケや合唱団が追いつかない部分があって、アンサンブルの乱れと、幾分楽器のバランスを欠く部分があるのは惜しいと思いました。
(2001.09.17)
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