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「悲愴」を聴く2・・・特徴的な楽器の使用法と録音史
今回は、「悲愴」の録音史についてです。が、その前にこの曲のオーケストレーションと楽器の使用方法について前回書き足らなかった部分を補足しておきます。

オーケストレーションの達人であり、オーケストラの各楽器の特性を知り尽くしていた
チャイコフスキー。最後の作品となった「悲愴」でも、その名人芸は各所で発揮されています。第4楽章の冒頭でファーストヴァイオリンとセカンドヴァイオリンで旋律を1音づつ交互に弾かせる箇所など最たるものですが、同じことを第2楽章のホルンでもやらせています。この技法はストラヴィンスキーも採用していて、「ペトルーシュカ」(1947年版)では、管楽器群で同じように一つの旋律を交互に吹かせることで、息継ぎなしで長い旋律を吹いているかのような効果を上げています。

しかし、楽器を知り尽くしているはずのチャイコフスキーですが、「悲愴」には演奏者泣かせの部分もあります。
有名なところでは、第1楽章展開部に入る直前のファゴットの扱い。
この部分はクラリネットソロの第2主題がpppで始まり下降するにつれてpppp。
やがてファゴットソロに受け継がれて、なんとppppppまで音量が絞られます。
今出ている録音の大部分は、弱音での演奏が至難なファゴットを用いずにバスクラリネトで代用されています。しかし「くるみ割り人形」など多くの曲で効果的にバスクラを使用していたチャイコフスキーが、この部分でのバスクラの使用を考えなかったとは、ちょっと私には考えられないのです。あえてファゴットソロに振り分けたのには、大きなわけがあるのではと思います。特に「悲愴」では冒頭のファゴットを始め、重要な部分ではファゴットが登場するだけになおさらです。

もう一つ、第4楽章のクライマックスでの4番ホルンのゲシュトップ。(ゲシュトップとはホルンのベルの中に手を深く入れて、ビーンと閉塞した音を出す奏法です。)
低音部分のゲシュトップはなかなか難しい上に、ffで響かせるのは、ちょっときつい。
確か晩年のカラヤンは、実演でホルンを補強して(確か6本だった)スゴイ効果を出していましたが、名人揃いのオケでも実演ではなかなか効果的には響きません。

さて1893年に作曲者の指揮により初演された「悲愴」は、チャイコフスキーの死後
ペテルブルク歌劇場の指揮者であり、作曲者とも親しかったナブラウニクによって再演されました。まもなく出版されると、比較的早い時期から頻繁に演奏されるようになったようです。20世紀初頭には、ベルリンフィルの常任指揮者となったニキシュが、ペテルブルクに客演した時にも振っています。


ところが録音ともなると、調べた限りではマイクロフォンによる電気録音方式が開始される1925年以前には、全曲録音は皆無でした。以下は1926年以前の「悲愴」の録音です。
・ ワインガルトナー&コロンビア交響楽団 (第1楽章のみ 1913〜14年)
・ ビーチャム&管弦楽団(第3楽章のみ 1915年)
・ ストコフスキー&フィラデルフィア管弦楽団(第3楽章 1921年4月28日)
・ メンゲルベルク&ニューヨークフィルハーモニック (第2、第4楽章1924年)
・ ワルター&ベルリンフィル    (第2楽章のみ  1923年)
・ ストコフスキー&フィラデルフィア管弦楽団(第1楽章テーマのみ 1925年)
以下は全曲
・ワルター&ベルリン国立歌劇場管  ( 1926年)
・ ロナルド&ロイヤルアルバートホール管
・ ウッド&ニュークイーンズホール管
・ メリケ&オペラハウス管
これらの録音は、ワルターの全曲盤を除いて、CDはおろかLPにも復刻されたことが
ありません。
その後30年代以降になると、1930年のクーゼヴィツキーを皮切りに、フルトヴェングラー、メンゲルベルク、カラヤンといった現在でも現役の名盤が続々と登場してきます。LP時代に入った1950年代前半のモノラル期までには、およそ40種ほど出ていますが、ppppppからffffまでの幅広いダイナミックスを再現するには録音の良さが不可欠で、この曲の録音が本格化したのはステレオ録音登場以降ということになりそうです。
この曲のステレオ録音第1号は、おそらく1955年にいち早くステレオ録音に踏み切ったRCA製作のモントゥー&ボストン響で、同じ1955年録音のカラヤン&フィルハーモニア管は依然としてモノラル録音でした。(*試験的にステレオ収録され、CDではステレオで出ました)
以後70年代末までには130種類の録音を数え、現在では200種類を超えているものと思われます。
手持ちの音源は80種ほどですが、代表的な演奏の中から、ほぼ年代順、国別に紹介していきたいと思います。
(2003.01.26)
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