back top next
「悲愴」を聴く3・・・戦前派巨匠の演奏1 メンゲルベルク
「メンゲルベルク(1871〜1951)」
フルトヴェングラーやトスカニーニと並び20世紀前半を代表する大指揮者。
オランダ、ユトレヒト生まれ、アムステルダム・コンセルトヘボウ管に50年に渡って君臨し、ベルリンフィルやウィーンフィルと並ぶ世界的なオーケストラに鍛え上げました。
実際、当時の録音を聴くと、メンゲルベルクの振るコンセルトヘボウ管のアンサンブルの精度は、ベルリンフィルを凌ぐものがあります。第2次世界大戦後は、ナチスに協力したためスイスに追放され、失意のうちに世を去りました。
メンゲルベルクの「悲愴」はいわば彼にとって十八番で、チャイコフスキーの遺族からスコアを送られたり、若き日のメンゲルベルクの「悲愴」を聴いて感激した作曲家のグリーグが、演奏会の会場で椅子に登って立ちあがり、聴衆に向かって演奏の素晴らしさを褒め称えたというエピソードが残っているほどです。

メンゲルベルクの「悲愴」は、以下の録音があります。
・ニューヨークフィル   1923年 4月19日 (第2楽章抜粋)
・ニューヨークフィル   1923年 4月23日 (第4楽章抜粋)
・ アムステルダム・コンセルトヘボウ管 1937年 4月3.4日
                  (全曲 未発売 原盤消失)
・ アムステルダム・コンセルトヘボウ管 1937年 12月21日
・ アムステルダム・コンセルトヘボウ管 1941年 4月22日

いずれも78回転のSP録音ですが、現在CD化されているのは最後の2種のみです。
ところがこのふたつの録音については、驚きの事実が最近になって判明しました。
メンゲルベルクの「悲愴」は、LP以後、ドイツのテレフンケン社の手でテープの形で復刻され、このテープを元に、形を買えつつ何度も発売されました。しかし、この原テープを作製する際に、どういうわけか37年盤と41年盤の演奏が混同され、第1楽章後半と第3楽章が41年録音、他は37年録音を使用したものが1937年盤として制作され、実に1988年まで、誰も気がつかずに発売されていたということなのです。
1993年7月号の「レコード芸術」誌の読者投書箱に、この事実に気がついた郡修彦氏の投稿が掲載され、当時大変な話題となりました。
今回は郡修彦氏が復刻を担当し、ワーナーミュージックジャパンから発売された、
「メンゲルベルク テレフンケン チャイコフスキー録音集成」のCDを聴きました。
  
・ アムステルダム・コンセルトヘボウ管 
(1937年12月21日 アムステルダム コンセルトヘボウ) 

SP期、フルトヴェングラー盤と双璧の名演といわれた演奏。
テンポを大胆に揺らし各所で現れるポルタメント、第1楽章の身を摺り寄せてくるような第2主題など、現代の演奏スタイルと比べると全く異次元の演奏です。
第1楽章展開部、トロンボーンのコラールが入る201小節目あたりでの急ブレーキ、そしてテンポをじわじわ上げて行く部分の大きな動き、しかしこの動きに何も不自然さを感じさせないのは、メンゲルベルクの実力の凄さだと思います。
そしてこの解釈にぴったりとついていく当時のコンセルトヘボウ管のアンサンブルは、見事というほかなく、指揮者と一心同体、弦楽器群の動きなど完全に1本の線で聞こえます。おそらく想像を絶するような猛烈なトレーニングがあったのだと思いますが、これは一人の指揮者が指揮台上に独裁者として君臨し、じっくりとオーケストラを育てることができたこの時代だからこそ許されたことです。第2楽章では、フレーズの終わりに微妙なritをかけ、音量を絞りながら、すーと力を抜く絶妙なテンポの動きなど、悪魔的とも言えます。
第3楽章は他の楽章に比べると、平凡な演奏に聞こえるのは、録音の古さが影響しているのかもしれません。ここでも終結分の大きなritは、メンゲルベルク独特のもの。第4楽章は、最初の3つの音に大きなアクセントをつけるなど、ヴァイオリンの扱いに独特の個性を見せ、この曲の大きなクライマックスである72小節目1拍目の入魂のアクセント。しかし終結部はかなり早いテンポで終わるのが、全体のバランスから見ると奇妙な印象を受けました。
これは、当時の録音技術上の収録時間の制約のため、最後を急がざるを得なかったのだそうです。

・ アムステルダム・コンセルトヘボウ管 
(1941年 4月22日 アムステルダム コンセルトヘボウ)
第2次世界大戦中の録音。ドイツとその周辺でしか発売されず、戦災のため原盤をはじめ多くのSPを消失し、中古SP市場にもほとんど現れず日本国内でも僅か2セットのみ
確認されているという幻の音盤。
今回はその1セットを元に、CD化されたものを聴いてみました。
僅か4年の違いとはいえ、録音技術の大幅な向上が感じられます。1937年盤に比べるとはるかに鮮明、金管楽器も生々しく響きます。
一定の演奏様式で固定されていたメンゲルベルクなので、演奏の解釈は1937年盤と際立った相違はありません。
第1楽章の58小節めの8分音符など独特のタメを見せますが、主題の歌わせ方などはそれほど粘らず、むしろすっきりとした印象です。
ただ、第1楽章の展開部のアレグロ・ヴィヴォの部分のようなところは、旧盤の方がテンポの動きに無理がなく、この盤では一部で停滞しているように感じられる部分もありました。第3楽章は、録音が鮮明な分、金管楽器の旋律の受け渡しなど、実に見事に再生され、
クライマックスも迫力充分でした。第4楽章は録音上の制約もなく、終結部もメンゲルベルク本来のゆっくりとしたテンポで終わります。
演奏の凄みは37年盤が優れますが、録音の良さと各楽章のバランスの良さで、私は1941盤を上位に置きます。
(2003.02.02)
back top next