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「悲愴」を聴く35・・・マルケヴィッチ
「イーゴリ・マルケヴィッチ(1912〜1983)」
キエフ生まれの大指揮者マルケヴィッチは、私が実演に接することのできた最大の指揮者でした。このマルケヴィッチには4種の「悲愴」があります。

ベルリンフィル        1953年
ロンドン交響楽団       1962年 1月
フランクフルト放送交響楽団  1977年  ライヴ録音
NHK交響楽団        1983年 1月 ライヴ録音
このうちフランクフルトのライヴは海賊盤、N響のものはレーザーディスクとCDで出ていました。今回はベルリンフィルとの第1回を除く3つの演奏を聴いてみました。

・ロンドン交響楽団
(1962年 1月  )
チャイコフスキー交響曲全集中の1枚。緻密にして明晰、鋭いバランス感覚に裏打ちされた名演。
第1楽章の第2主題にはルバートをかけ随所にロマンティックな効果を見せます。展開部の250小節の叩きつけるようなティンパニのアクセント。貴族的な気品に溢れた第2楽章。シンバルの一撃後最大の見せ場でテンポをがくんと落とすのは、往年の指揮者たち共通の伝統的なスタイルです。

・フランクフルト放送交響楽団
(1977年  ライヴ録音)
自由闊達でテンポを大きく動かした壮大で劇的な音楽。第1楽章アンダンテのあとのモデラートは遅く始め、しだいに加速、緩急の伸び縮みも自由自在の巨匠の音楽です。展開部以降のクライマックスの築き方が素晴らしく、228小節のホルンのシンコペーションでテンポ落とし、次第に加速、241小節のタメもスパッと決まっています。
第3楽章の余裕を持った輝かしさ、気品に満ちだ第2楽章。
第4楽章も103小節から急速に早め、壮大な盛り上がりを見せます。ビンビン唸るゲシュトップも凄まじく、最後まで緊迫した雰囲気が持続する尋常でない演奏でした。

・NHK交響楽団
(1983年 1月12日 東京NHKホール ライヴ映像)
マルケヴィッチ最後の来日となった演奏会のライヴ。この時N響と都響に来演し、N響とは「展覧会の絵」と「悲愴」、都響とは自作自演を含むベートーヴェン、ファリア、ワーグナーなど多彩なプログラムで最晩年の芸風を披露してくれました。
実演では、マルケヴィッチは多少弱っている様子で、片足を引きずり気味に舞台に登場しました。しかし指揮台に登り長い指揮棒を一閃するやいなや、引き締まった色彩豊かな音楽が轟然と会場一杯に鳴り響いた光景を今でも忘れることができません。
映像で見ても、大鷲の翼のような大きく広げた両手、鋭い眼光はただものでない雰囲気です。ひたすら冷静にビートを刻むだけのマルケヴィッチに対して、真剣な面持ちで体を波打たせながら最大の力を発揮しようとするN響の面々。
第2楽章の再現部直前や第3楽章の頂点直前、そして第4楽章の終盤、ホルンのゲシュトップ後でのテンポの落としこみの間は名人の域。
幾分緊張感が弛緩する個所もありますが、大きな一つの塊となって突き進む第3楽章も素晴らしく、まさに巨匠晩年の至芸です。
(2003.06.23)
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